笑顔が足りなかった花嫁 ホテル日航福岡

憧れのホテル日航福岡で緊張の始まり

結婚式場は独身の頃から、ホテル日航で挙げたらいいなあと漠然と思っていたら現実となって嬉しくて仕方がありませんでした。しかし当日になってその豪勢な雰囲気に自分が似合わないのでは?こんな私がヒロインだなんて恥ずかしい等と緊張と恥ずかしさが急にこみあげてきて、最初から中々笑顔になれないまま、白無垢姿で皆さまをお迎えしていました。

緊張のまま色打掛姿

白無垢から色打掛に着替えても、緊張の上に着物の帯が苦しいのとで今度は気分が悪くなってきました。それでも我慢できる範囲でしたので、冷たい物を飲んでごまかしていました。この時に上司のスピーチや友達のスピーチに感動して、気持ちが逆に良くなってきて少しずつ元気になり、笑顔も出てきたと思います。そしてドレスに着替える為に席を立ち、スタッフに案内されて会場を頭を深く下げて退場する時に、なぜだか分かりませんが涙があふれてきたのを覚えています。多分、この頃はやっと自分はこの式の中心なんだという自覚とともに、こんな風に自分がヒロインになる事って今までの人生でないので、その感動もあったのだと思います。

色ドレスに着替えると緊張もほぐれて

色ドレスに着替える為に会場を後にしてこの頃になると少し緊張もほぐれて、気持ちも軽やかになり笑顔が自然と出るようになって、そのまま会場に向かうエレベーターの中でスタッフが「ドレスはすごく雰囲気が変わりまね。表情も随分違ってとてもいいですよ。」とおっしゃいました。今思うとこんな風にスタッフがおっしゃる程、私は表情がひきつっていたんです。

最後のウエディングドレスでやっと笑顔に

最後は白のウエディングドレスになると、それまでに何人かの友人が席まで話しかけに来てくれたりして、気持ちも晴れやかになり笑っていました。得にキャンドルサービスでは各テーブルをまわる度に友人が声かけてくれたり、主人の友人が笑わせてくれたりしたので、この時はもう緊張はとれていて、この結婚式がいつまでも続いて終わらなければいいとさえ思っていました。

ビデオを見直して思う事

式も滞りなく無地に終えて改めてその様子を式場が用意してくれたビデオで確認してみると、本当に自分の顔がこわばっていて、これでは悲し気な花嫁さんだとすごく後悔しました。人生でヒロインになる事なんてないけれど、結婚式は間違いなく自分がヒロインなんだから、もっと自信を持って笑顔ですれば良かったなあと今でもすごく悔やみます。

父の初めての涙|セレス立川


http://www.celes-tachikawa.com/

初めての結婚式、立川にあるセレス立川で結婚式をあげました。私は一人娘として育ち、父と母とはわりと仲のいいほうだったと思います。ずっと実家暮らしをしていたのですが、私も仕事ですごく忙しくて、家にはただ寝るだけの生活でした。

特に父とは話す機会もそこまでなく、学生の頃から父と話すことも少なくなってきていて、この結婚式まで、そこまで会話という会話がないまま、式になってしまいました。

当日、バージンロードを歩く練習をするのですが、その時、父とそこまで接近して歩くことも今までなかったし、二人共歩き方がとってもぎこちなく何回も練習することになってしまいました。

その時に始めはすごく恥ずかしかったのですが、父と少し会話ができて、少し嬉しかった気がします。バージンロードの練習の甲斐があってかちゃんと二人共歩けていました。

父のはじめての涙

チャペルでの式が終わり、披露宴に移りました。そこから私は何かバタバタと忙しくやることがたくさんあって、食事もままならないじょうたいでした。両親も両親で私と一緒に退場したりと結構さわしなく動いていました。

それから披露宴終盤になったとき、両親への手紙を読む場面が来ました。私は昔から文章能力が全くなくこういう手紙を書く事も人前でよむことも苦手で、これはなしにしようと思っていたのですが、コーディネーターの方がこういう機会でもないと、両親に手紙をかくことはないので是非やってくださいとのことだったので、確かにそうだよなと考え、下手ながらも手紙をかくことにしました。

母とのことは結構出てくるのですが、昔から仕事ばかりだった父の事はあまりでてこず、苦労しながらかきました。そこで、きんちょうして頭が真っ白になりながら、読み終わり、私は緊張となんかこみ上げるものがあって泣きながらになってしまったのですが、その時、父をみたら父が泣いていたのです。

私は生きている中で父の涙をみたのは初めてでした。私が驚いてしまい、なんでないてんの?ときいたら、うるせーという相変わらずの父でした。仕事ばかりであまり合う機会もなかったのですが、父は父なりに私のことを心配して大切に育ててくれてたんだなと思いました。

この手紙を読むことを悩んでいましたが、読んでよかったと本当に思っています。

のんびり屋な私たちの結婚式〜ラグナベールプレミア大阪

大阪府大阪市ラグナベールプレミア大阪


https://premier.lagunaveil.com

結婚式場探し

結婚が決まり式を挙げるためとりあえず本屋さんで結婚式場の情報誌を買いました。その時は1月で入籍予定は2月、年内中に挙げる予定で考えていました。情報誌を開きいくつか式場候補を挙げ、式場見学の予約を入れました。

ラグナベールプレミア大阪 式場に空きがない!

式場見学は3ヶ所予約を入れ、早速1週間後に1ヶ所目のラグナベールプレミア大阪に行きました。式場見学専用の部屋に案内されるとすでに数組のカップルが説明を受けていました。

試食会という名のブライダルフェアに参加したのですが、当日のゲストをもてなすコースメニューの一部を食べることができました。

お世辞抜きで本当に美味しくて、胃袋を掴まれたという感じで、心の中ではほぼラグナベールプレミア大阪で挙式をしようと決まっていました。

これから結婚式場を決める人は絶対に試食会に参加しないと損ですよ(笑)試食目当てで参加しても大丈夫みたい…

式場側はたとえ無料でも、多くのお客様に自分たちのアピールポイントを知ってもらうことのほうが重要なので、試食会目当てのお客様でも足を運んでくださることに意味があります。

引用 https://xn--cckdj3hred7ksa0827rui4a.net

ひと通り式場内の施設の見学をしてもらった後、大体式を挙げたい日にちをリストアップし空きがあるか見てもらいました。するとほとんどの日にちがすでに埋まっており、1年後の気候のいい日や人気のある日は埋まっている状態でした。

その時にいかに自分達がのんびりしていたのか気付かされました。

ラグナベールプレミア大阪に決定

そしてその日は一旦家に帰り改めて主人と2人で式について話し合い、ラグナベールプレミア大阪で空いている日にちのリストも持って帰って帰っていたので日にちを決めその日のうちにその会場に決めました。私は他の式場も見てみたかったのですが主人が式場を気に入り一発で決め、式は9月末になりました。

式までの準備

式場が決まり準備がすぐに始まるのかと思いきや実際は式当日の5ヶ月前から少しずつ準備が始まり3ヶ月前から招待状発送、ドレス決め、ヘアースタイル決め、引き出物の内容決め、席次表決め、式と披露宴の内容決めなど急に忙しくなり始めました。

その他当日が近づくとブライダルエステなど慌ただしくなり正直心が折れそうになることも。しかしウェルカムドールを作ったりいろいろ準備を進めていく中でだんだんと当日のイメージができあがり楽しみな気持ちが大きくなっていきました。

式当日

そしてついに式当日。お天気は快晴で9月ながらとても暑い日でした。チャペルはガラス張りの為、雨が1番心配でしたが快晴だった為とてもキレイでした。早朝から会場に入り準備が始まりとても緊張しましたが、チャペルのドアが開き参列者の方が拍手で迎えてくれた瞬間に感動してしまいました。

その後無事に式、披露宴と続き、あっという間に披露宴も終盤に。最後の両親への感謝の手紙も終わり退場し控え室へ戻った瞬間にどこか肩の荷がおりたのかまだドレス姿のままでしたが主人の顔を見た瞬間に涙が…。

念願だった式を挙げられた感動とそれまで緊張していたのが一気にほどけ泣いてしまいました。

人生でこんなにも主役になれる日がある事の驚きとたくさんの方に来ていただいた感動、これからの人生を頑張らなくちゃいけないな!と誓った日になりました。

最高の景色の中で最高の仲間に囲まれた式|諏訪湖の森 四季亭

諏訪湖の森 四季亭

http://suwakonomori.jp/

私と妻は2011年5月に結婚をしました。 2010年12月に式場を予約して2011年11月に結婚式を挙げる予定でしたが、妊娠が発覚し結婚式を早めることになりました。

大変だった準備期間

結婚式を早めることになったのが2011年3月下旬。式を挙げるまでに約2ヶ月しかありませんでした。それから週末になれば毎週式場へ打ち合わせに行き、プランナーの方と相談をしていました。妻は妊娠初期のため体調がすぐれず私単独でプランナーの方と打ち合わせをすることが多かったです。

毎週毎週打ち合わせをして、その度「この部分は追加料金になります」と言う言葉を聞いて何とか予算に収めないといけないと言う思いと、一生に1度の素晴らし1日になるように私も努力をしました。特に予算の面は削減できる所(席次表やプロフィール動画)などは全部自分で作りました。打ち合わせと動画作成なので週末は毎週つぶれ正直気持ち的にはしんどかったです。それでも何とか形になり当日を迎えることができました。

最高の仲間に囲まれた披露宴〜諏訪湖の森 四季亭

予算の都合もあり人数は最小限に抑えようと、妻と話になり両家で60人になるように招待をしました。といっても3分の2を親族や会社の関係の方になってしまい、呼びたかった友人にも二次会からの参加と言う申し訳ない形になってしまいました。招待状を手渡しで渡したときに「ホントはあいつも呼びたかったし申し訳ない」と言う言葉を私は漏らしていました。

参列してくれた友人はその言葉を重く噛み締めていたようです。その友人たちに余興をお願いしていましたが、余興と言うとどうしても歌ったり踊ったり漫才をしたりと場を盛り上げてくれるものをイメージします。ただ私の友人は2次会に参加してくれる人もホントは招待したかったんだと感じ取ってくれて、密かに動いてくれていました。

余興の内容は2次会に参加してくれるメンバーのところにバラ集めに行くという内容の動画でした。私の友人だけではなく妻の友人にも連絡をとって動画に出演してくれました。そしてどんどんどんどんバラが増えていき、最終的には全員ではないが2次会に参加してくれる大半のメンバーがサプライズで登場してくれてバラ100本(私と妻になので合計200本)をプレゼントしてくれました。どんなふざけた余興をしてくれるのかと期待していたにもかかわらず、こんな感動的なことを用意されていたので思わず涙が出ました。本当にたくさんの友人に囲まれて自分は幸せだと思った瞬間でもありました。

結果、ものすごく良い1日だった

準備期間が短くうまくいかない事もあったが、友人たちがバラを持って現れてくれたことでなんだか全てが報われた気がしました。普通に考えれば招待されていない方が式場に入るのはあまり良くないかもしれませんが、式場のスタッフの方も快くオッケーしてくれたようですし、最高の景色と最高の仲間に囲まれた最高の1日でした。

思い出いっぱい最高の結婚式|ノーザンチャーチ

京都府 北山ノーザンチャーチ

http://www.northern-church.gr.jp/

私は去年の10月に結婚式を挙げました。結婚式一つ一つに沢山思い出が残りました。

結婚式の準備の思い出

結婚式の準備は本当に大変でした。招待状を2人で選び、招待状を2人で一生懸命作って、時には喧嘩して。それでもパソコンが苦手な私に彼は仕事が夜遅くになっても家に帰ってから夜中まで頑張ってくれたり。彼の優しさを感じたり。

プロフィール動画は2人で作りながら彼がどんなに大切に育てられたのかとか彼が私の小さい頃の写真を見て可愛いなぁ。とずっと見て作業が進まなかったり。全部大好きないい思い出です。

ノーザンチャーチでの結婚式の思い出

ウェディングドレスを着てお父さんとバージンロードを歩く。お父さんの見たことないほど緊張した顔を見ました。お母さんの泣いた顔。その時、本当に「お世話になりました。今までありがとう。」と心で感じたことを覚えています。

そして、バージンロードを歩き終わるとき、彼を見たとき彼の脚が震えているのが分かりました。それを見て、少し笑ってしまったこともいい思い出です。

楽し過ぎたノーザンチャーチの披露宴

披露宴は結婚式と違った雰囲気で、笑いが絶えない楽しい披露宴でした。来てくれた友達といっぱい喋ったり、いっぱい写真を撮ったり。本当にキラキラした時間が流れました。そして、余興は西野カナさんの歌で私の取り扱い説明書を歌ってくれました。凄く面白く、嬉しすぎて涙が止まりませんでした。

彼の余興も面白過ぎて、出席していただいた会社関係の上司の方もみんな楽しんでくださっているようでした。

楽しすぎた二次会!

二次会は私も彼も気が抜けたように楽しめました。二次会の幹事の皆んなが用意してくれたゲームなども、来てくれた皆んなが楽しんでくれていた様子で本当に良かったなぁと思います。

景品の中には、彼や私の顔がプリントされたTシャツなどもあって、凄く盛り上がりました。その景品が当たった人はずっとそれを着て過ごしていました。そして、3次回、4次回までつづき、もても楽しい1日となはらました。そして、人生で1番短い1日と感じました。

帰ってからは、ゆっくりご飯を食べれなく、お腹が2人ともペコペコだったので、2人で牛丼を食べて帰ったのも思い出です。

結婚式がうまくいく秘訣はテーマ決めにあり|ノボテル甲子園

http://www.novotelkoshien.com/

結婚式の準備は必ずもめる私が結婚したのは2012年の秋で、私が31歳、旦那が35歳でした。

私たち2人は共にデザイナーとして働いているため、常に作業をする際に「テーマ」や「軸」を決めて、それに向かって仕事をしていました。結婚するということが決まり、さっそく式場選びやプランを模索していたところ、綺麗なパンフレットを見ていると、あれやこれやと目移りしてしまい、自分たちが優先したいことだらけで、見積もりがあっという間に500万円を超えてしまいました。

もちろん、500万円という大金はありませんし、お金が絡んでくると、しなくてもいい喧嘩をしてしまうようになりました。

このままではいけないと思い、私たちはまず予算を削るために「テーマ決め」をしました。これは、誰のための結婚式で、誰に何をしてもらいたいのか、誰にどのような気持ちになってもらいたいのか。など、結婚式を一つのイベントとして捉え、私たちはイベントプロデューサーとして、結婚式をしようと決めました。

ノボテル甲子園の結婚式でのテーマは「おもてなし」

結婚式をイベントとして考えたとき、親や親戚、友人などにどんな気持ちになってほしいかをまず考えました。自分たちの幸せな姿をひけらかすような結婚式ではなく、わざわざ足を運んで良かった。と思える式にしようと考えました。

私の実家は遠方だったため交通費を出すのか、宿泊代を出すのか。など様々なことで喧嘩になりましたが、結果的に「おもてなし」というテーマから考えて、来客が気持ち良く過ごしてくれることを優先し、宿泊費を全面的に負担することにしました。

食事も年配の方には食べやすくカットしたお肉を、子連れの方には子供用の取り皿を。など細かいところにも「おもてなし」の配慮をしました。その結果、ほとんどの参加者から、すごく素敵な式でとても楽しかったと言ってもらえました。

これからノボテル甲子園で結婚式をお考えの方へ

結婚式は夫婦で一番はじめの共同作業です。準備で喧嘩をしないためにも、ぜひ「テーマ」を決め、意見が割れたときは、どちらがよりそれのテーマにふさわしいか考え行動すると、お互いに納得のいく結婚式ができると思います。

これは今後の夫婦間における色々な行事に使える最大の秘策です。家族を運営するプロデューサーとして、ぜひ何事にも「テーマ」を決めることをお勧めします。

トラブルもたくさんあったけど|フルーツフラワー

神戸ホテル フルーツフラワー
http://hotel-fruitflower.jp/bridal/

フルーツフラワーさん!打ち合わせと当日、違うことが多すぎ~!

場所はとても思い入れのあるところで結婚式ができたので、よかったなぁと思っているのですが、本当に本音を出すと、実は。なかに入ってる業者さんは、どうかな~おすすめはしないなぁというところです。

打ち合わせまでは、とても楽しくご対応いただけたのですが、わがままかな、当日と打ち合わせまでとで、あまりにも色々違っていて。かけてほしいとお願いした曲がその場面で流れないとか、

余興の際にスタッフさんが持ってきてくれるはずだった小物が間に合わないとか、友人3名を乗せて出発してくれるはずのシャトルバスが、1名乗せただけで帰ってきちゃったとか。他にも、入念に

打合せ、念押ししたはずなのに「あれ?」一生に一度のことだからというのもあるのですが、何せ、かかるお金が、普段の自分の行動とは桁外れなのだから、やっぱりちゃんとしてほしかったなぁ~というのはあります。

自分たちの頼み方が悪かった(下手だった)部分も大いにあるとは思うんですけどね。業者さまは、たくさんの式をどんどんこなされているわけですし。

フルーツフラワーに集まってくださったみなさんに、感謝の気持ちでいっぱい

わたしたちは、全部で30人いないくらいのアットホームな小さなお式だったので、お越しくださった一人ひとりと、割とお話することなどできました。みなさん、遠方からの方も多くて。

友だちとかはみんな綺麗にドレスアップして駆けつけてくれたし、時間もさいてくれて。写真もたくさんくれたり、あとであたたかなメール、お手紙もいただけたり。冒頭で、あんまり気持ちよくはないお話ばかり書いてしまったのですが、今こうして振り返ると大切な方々が、足を運んでくださったということに、一番じーんときます。

わたしたちは、両方のおばあちゃんも、幸いなことにフルーツフラワー会場まで来てくれていてそれもとてもありがたいことですよね。

枝葉の部分にいつまでもこだわっていて、しこりになってしまっていましたが、今こうして振り返ることで、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

十人十色の結婚式、今から挙げられるみなさま、おめでとう!どんな結婚式もきっと、新郎新婦さんにとって、何度も形を変えながら、きっと一生の思い出として寄り添ってくれるものですね。

感謝の気持ちを込めて両親にサプライズケーキ入刀|ヒルトン東京ベイ

千葉県浦安市 ヒルトン東京ベイ

http://hiltonwedding.jp/tokyobay/

サプライズに至ったきっかけ

1人っ子である主人の両親は、若くして結婚した為に結婚式をあげていません。主人と交際当時から私に対しても本当の娘の様に接し、とても良くして下さる愛情深い素敵なご両親です。

披露宴の準備を進めるにつれ、そんなご両親にサプライズをしたいと私と主人とで感じていました。私の母親の助言もあって、主人のご両親にも披露宴中にサプライズでケーキ入刀の時間を設けてみる事にしました。

その案はとても素敵で納得でしたが私の両親にも感謝を伝えたくて、同じようにケーキ入刀してもらおうと、提案した母親には内緒で私の両親も一緒にケーキ入刀をしてもらうように内緒で計画を立てました。

いよいよ当日「ヒルトン東京ベイ」へ

披露宴当日、花嫁の手紙の前に両家両親のサプライズケーキ入刀を決行しました。まずは、花嫁の手紙の前に流すプロに依頼した生い立ちムービーを流しました。この時点では、両親やゲストも通常の流れだと思っていたはずです。ここからが、サプライズの始まりです。生い立ちムービー後に自分たちが作成したDVDを流しました。

内容は結婚式をあげていないので、その代わりも込めてケーキ入刀をしてほしい旨を主人のご両親に向けてメッセージを流しました。当然私の親はサプライズの内容はここまでたと思っていました。ここからは私の両親にあてたサプライズです。

今日まで育ててくれた感謝の気持ちと、娘が巣立って夫婦二人の再スタートを祝してのケーキ入刀の旨をメッセージに載せました。主人の両親はもちろん、私の両親もまさか自分たちもとは思っていなかったようで見事サプライズは成功して、みんなが号泣する中でのケーキ入刀となりました。

その後は花嫁の手紙、両親への花束贈呈して、暖かな雰囲気の中披露宴は幕を閉じました。気が付けば、ゲストの方々も感動して下さったのか、お見送りの時に温かい言葉を頂けました。

ヒルトン東京ベイでサプライズをやってみて

面と向かって感謝の気持ちを表す事はなかなか難しいですが、結婚と言う人生の一大イベントでみんなの記憶に残る披露宴が出来た事にとても満足しています。
結婚して数年経ちますが、たまにその話題が家族間で出るほど、両親にとっても思い出深いイベントだったようです。
少し照れ臭かったですが、思い切ってサプライズを決行して良かったと思います。

指輪のサイズは合わせておきましょう|モアナ・サーフライダー

ハワイ モアナ・サーフライダー
http://jp.moana-surfrider.com/

私が35歳で主人が39歳の初婚でみんな結婚して最後の最後でした。友達は子育てが大変な時期でしたのでごく親しい人だけに知らせました。

私たちはお見合いで、さっさと半年後に結婚しました。私も仕事をしていて、ちょうどいい時期でした。式も簡単に挙げようと国内でいいところはないかと探していましたら急に主人が海外に行きたいと言いましたので、予定を変更してハワイに決めました。

結婚式も挙げられるパックにして二人だけで行きました。年も年なので披露宴などは気恥ずかしくてできません。旅行会社の人に勧められたのがモアナ・サーフ・ライダーの挙式でした。

いざモアナ・サーフ・ライダーへ

100年の伝統のあるチャペルでのウェディングに心惹かれる思いで決めました。私は会社を辞めてすぐさま旅行の用意を始め、身の回りを整理し、販売職なので土日に休めなかった分いろいろな

山積みの用事にふたりで奔走していました。飛行機に乗るまでが大変でした。ドレスはレンタルでしたので言葉はどうなるのかと思いきや、いらしたのは日本人でした。袖を通したドレスは真新しいもので担当の方も喜んで勧めてくれましたので、本当に良かったと思いました。

旅行には自分たちだけで行ったのですが式が始まると友達がいたのです。びっくりしたけど、立ち会ってくれるために夫婦で来てくれたのでした。新婚旅行に行かなかったので丁度いいからと、予定を空けてくれたので、寂しい思いをすることもなく無事に式を終えました。

言葉はさっぱりでしたが、マンダリンの音色の中にあたたかな雰囲気の式でした。その後すぐに海へ行こうということで髪のセットを適当にほどいて、実感をかみしめる暇もなく出かけました。

言葉が出ないくらい奇麗な海は海の好きな主人には楽しく魚を見て年甲斐もなくはしゃいでおりました。ふと見るとシュノーケルを外してきょろきょろしているので何かと思ったら、

血相を変えて「指輪がない!」などどあり得ない状況になすすべがなかった私ですが、主人は違いました。水中眼鏡で海の中を探しまくり一筋の光の中に指輪を見つけました。

この旅行中に何回この話をしたかわかりません。あの時、指輪が見つからなかったら短い期間で決めたこの結婚はどんな思いが残ったのでしょう。主人は後に「あの時見つからなかったら一生言われると思った。」と言いますが、離婚されるとは思わなかったんです。

私のことを能天気と言いますが、そのままお返しします。そして楽しいことばかりの新婚旅行から無事に帰りました。

大事な思い出の一日となりました|カールトンテラス

京都府京都市 カールトンテラス


http://www.ct.n-stylewedding.com/

カールトンテラスのゲストハウスウエディングを選んだ理由

私が結婚式の希望としてこだわったのは、ゲストハウスウエディングをすることでした。会場を貸し切ってゲストをもてなすような形のアットホームなウエディングがしたいと思っていて、私も夫も関西エリア在住だったのでゲストが来やすいようなところにあるゲストハウスを探しました。

ゲストが楽しんで祝福してくれたら、自分達も幸せな気持ちになり、素敵な結婚式になると思って準備を進めてきました。

結婚式当日の演出として良かったこと

結婚式当日は夫も私もとても緊張していました。ただゲストの人達が次々と集まってくれて、笑顔で祝福してくれているのを感じて、とても幸せな気持ちになったことを覚えています。

結婚式の思い出として良かったのは、お色直しの時に会場のゲストにバラの花束を一つづつ手渡しておき、再入場した夫が花を集めてテーブルを回り花束にして私に渡してくれたことでした。

ウエディングプランナーさんから提案された際には夫は恥ずかしがっていましたが、今までの結婚式にない演出だったことで、私の心にも響き嬉しかったですし周りからの評判も良かったです。

料理に力を入れて良かったと思ったこと

私達がここのゲストハウスを選んだ理由の一つに、料理がおいしいということがありました。料理がおいしいと幸せを感じますし、ゲストの人に喜んでもらえると思ったからです。

実際に食べた人の声も「おいしくて良かった」「こんなにおいしいところは珍しかった」という風に言ってくれました。

私は色々と忙しく食べる時間もありませんでしたが、試食の際においしいと知っていたので、みんなに振る舞うことができて良かったと思いました。料理を安くしようとしたり、こだわらなかった場合には、結婚式が物足りないものになりがちだと思いますし、料理は大事だなと再認識しました。

お金はかかったけれど

結婚式の一日で300万円近いお金をかけて、結婚式はお金がかかるなと思いました。結婚式が終わった後はくたくたに疲れましたし、みんなに見せられて良かったけれども、ぐったりだと思いました。しかし終わった後はそう感じたことも、時が経つごとにキラキラした良い思い出に変わっていきましたし、結婚式を挙げて良かったと思います。